東京ドームシティに宇宙体験施設「Space Travelium TeNQ」、歩行型VRも導入
東京ドームが宇宙旅行をテーマにした「Space Travelium TeNQ」を発表。月面を歩くVR体験を含む約2600平方メートルの施設として11月開業を予定しました。
東京ドームは2024年8月30日、宇宙旅行をテーマにした常設施設「Space Travelium TeNQ」を、東京ドームシティの黄色いビル6階に開業すると発表した。開業日は同年11月22日。VR宇宙旅行、展示、イマーシブ映像、教育プログラムなどを一つのフロアで提供する計画だった。
名称の「Space Travelium」は、「未来の宇宙旅行を楽しめる場所」という意味を込めた造語だ。そこに、前身の「宇宙ミュージアムTeNQ」が8年間使ってきた名称を残した。新施設は宇宙港をモチーフにし、エンターテインメントだけでなく、宇宙を題材にした教育や交流の拠点も目指した。
月面旅行を歩いて体験する「THE MOON CRUISE」
中心となるVRコンテンツは「THE MOON CRUISE」。参加者はヘッドマウントディスプレイを装着し、ロケットに乗り込む場面から月を目指す。
途中では地球や宇宙の景色を眺め、月へ到着した後は月面観光へ進む。月面を歩き、写真を撮るなど、旅先での行動を体験に組み込んだ。
体験時間の半分以上を、自由に歩ける構成にすると発表された。実際の会場内を移動しながら、VR内でも宇宙船や月面を進む。足元の感覚と映像内の移動が重なるため、「映像を見る」よりも「現地を訪れる」という設定を作りやすい。
VR制作はSTYLYが担当した。東京ドーム側は、利用する機器や一度に参加できる人数、所要時間までは8月30日の資料で公表していない。そのため、フリーローミングの具体的な範囲やスタッフによる案内方法は、発表時点では判断できなかった。
発表資料では、歩行型VRのほかに、宇宙に関する展示エリアを設けるとした。イマーシブ映像とカフェラウンジを同じ区画に置き、企画展示室、教育エリア、ショップも加える。見学から体験、飲食、買い物までを一つの滞在にまとめる施設である。
宇宙研究者とJAXAが展示に協力
総合監修・アドバイザーには、東京大学のカブリIPMUで教授を務める村山斉氏が参加した。館内の宇宙展示に助言し、オンラインを中心とする教育プログラムで特別授業も予定していた。展示にはJAXAとスペースポートジャパンが協力し、デジタルブラストも協力企業として記載された。
教育プログラムは「探究」をテーマとし、宇宙を入口にサイエンスやアートを横断する。対象年齢や開催頻度はまだ示されていなかったが、子どもの好奇心と学びを広げる内容を掲げた。VRの月旅行を娯楽として提供する一方、展示と授業には研究機関や専門家の知見を取り入れる構成だった。
約2600平方メートルを複数の体験に分ける
施設面積は約2600平方メートルで、所在地は東京都文京区後楽1-3-61。宇宙を知る展示と、旅を疑似体験するコンテンツを黄色いビル6階にまとめる。来場者は展示で宇宙について知り、VRで月へ向かい、映像やカフェで滞在を続けられる。企画展示と教育プログラムを更新すれば、常設施設の中にも再訪のきっかけを作れる。
発表時点では営業時間と入館料金が未定だった。「THE MOON CRUISE」の追加料金の有無も記載されていない。そのため、本記事では8月30日に公表された施設構成に限って扱う。実際の運用条件や体験時間は、開業時の案内と分けて確認する必要がある。
施設ロゴはMARUYAMA DESIGNの丸山智也氏が制作した。ロケットや星の軌跡を思わせる曲線で、宇宙空間にTeNQの「Q」を描く意匠だ。前身施設の名前を引き継ぎながら、展示中心のミュージアムから「未来の宇宙旅行」を前面に出す新施設へ変わることを、名称とロゴの両方で示した。
VRを宇宙旅行の行程に組み込む
Space Travelium TeNQは、VRを独立したゲームとして置かず、展示で知った宇宙を「旅行」として体験する流れに組み込んだ。ロケットで出発し、月面を歩き、写真を撮る。「THE MOON CRUISE」という名称どおり、移動と観光を一連の行程として見せる点が特徴だ。
施設全体では、イマーシブ映像、カフェ、企画展示、教育、物販がVRの前後を支える。VRの受け入れ人数には機材数による上限があるが、ほかのエリアがあれば待ち時間や体験後も館内で過ごせる。用途の異なる区画を組み合わせることは、約2600平方メートルの常設施設を運営するうえでも意味がある。
東京ドームシティの中にあるため、来場者はほかの施設やイベントと組み合わせて訪問できる。一方で、宇宙体験を目的地として選んでもらうには、前身のTeNQから何が変わったかを伝える必要がある。発表では、自由歩行型VRと宇宙港を模した空間を、その変化を象徴する要素として打ち出していた。